冷泉家 特別拝観

明治時代になってほとんどの公家が天皇に同行して東京に移り住み、それらの屋敷は取り壊され、公家町も消滅、その跡地がいま、京都御苑となっています。
しかし、京都居留守役として残ったのが冷泉家、現存する唯一の公家屋敷で、御苑の北に同志社大学に取り囲まれるように建っています。
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表門にめだつのが両隅に置かれた亀のような動物をかたどった瓦。冷泉家が御所の北に位置することから、北を守護する「玄武」を置いているそうです。
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門を入ると目隠しの「立蔀(たてじとみ)」があり、大玄関と内玄関が並びます。身分によって入る玄関も異なるそうで、ここを中心に東側に座敷棟、西側に台所棟が並びます。
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台所棟の土間、正面の上にある藁の束は「しゃぐま」というもので魔よけの意味があり、祇園祭の長刀鉾に使われたもので、山鉾巡幸終了後に届けられるのだそうです。一般庶民が買う、ちまきに相当するものですね。
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座敷は東から上の間、中の間、使者の間と並んでおり、身分によって使い分けられます。
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冷泉家といえば藤原俊成・定家を祖先とする和歌の宗家、襖の唐草模様の唐紙も歌を詠むおりに室内からの季節感を排除し、襖の絵柄が邪魔にならないように考慮したものとか。
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裏手にある御文庫、和歌に関する古文書が数多く収められており、国宝も古今和歌集など五点あるそうです。
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冷泉家は重要文化財とはいえ、現当主の生活の場でもあります。またそれは思いのほか、質素なものでした。
現当主は25代、公家屋敷の保存・維持だけでなく、代々伝わる古文書の保存、さらに公家の年中行事も生きた文化財として一緒に保存継承するという大変な責務を果たしておられます。
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この記事へのコメント

celica
2009年11月03日 01:03
発見です!
あそこは同志社大学の一部だと思っておりました。
恥ずかしい...
MI
2009年11月05日 23:38
ちょっと遅いコメントですが・・・いつも娘の学校に行く途中、この建物は何?思っていました。ようやくわかりました。ありがとうございます。みてみたかったです!!